【奈良市】空海が蒔いた一粒の茶の種が茶どころ奈良を生んだ

河瀨直美監督の映画『殯の森』(もがりのもり)の舞台

奈良市出身の映画監督河瀨直美は、2007年に第60回カンヌ国際映画祭にて『殯の森』(もがりのもり)でグランプリを受賞しました。この舞台となったのが、田原地区の茶畑です。

『殯の森』

空海が蒔いた一粒の茶の種が成長して産地となった

田原地区は古くから茶どころとして有名でした。全国屈指のお茶どころの奈良市。そのはじまりは1200年以上前にさかのぼります。そんな奈良市のお茶は、田原地区や月ヶ瀬地区などの自然豊かな山間部でつくられてきました。806年に、空海が唐よりお茶の種子を持ち帰り、奈良・宇陀に植えてお茶の製法を伝えたことが大和茶の起源とされています。仏教と深く関わっていたお茶は寺院を中心に広がり、室町時代には奈良出身の茶人、村田珠光によって茶の湯の精神「わび茶」が誕生し、現代に至っています。明治時代、奈良の紅茶は世界からその品質を高く評価されていました。時代の流れとともに緑茶へと変遷し、作り手である農家も減少しています。空海がまいた一粒の大和茶の種が成長し、現在、多様な形の大和茶として実を結んでいるのです。そして、再び空海が生まれた香川県善通寺市(善通は空海のお父さんの名前)から、キウイの育成技術を学ぼうとしているのです。